娘がネパールに滞在することに!大きな地震の前に帰国

26歳で結婚し、娘も生まれ、なんとなく人並みの暮らしをしてきたつもりです。そして、娘も今では社会人となり、独立して暮らしています。今の日本では、子どもの自立について悩んでいる人も多いそうです。そう考えると、自分はその点では悩みもなく幸せなどだと思っています。

 

さて、その娘ですが、実は日本の大学に入学したものの、退学し、海外で暮らすことになりました。そして、海外での教育を2年間受けました。滞在先はネパールでした。幸い、あの大きな地震の前には帰国していたので、その点では安心していました。ただ、娘がネパールに滞在していた時には、いろいろと心配事がありました。

 

連絡をしようと思っても、海外への電話はとても高いです。携帯電話のSMSで連絡をすることもできますが、一通100円という値段でした。頻繁に連絡を取ろうと思っても、お金がかかることもあり、無事で暮らしていれば、まあいいかなあという気持ちになってしまったのでした。

 

娘がネパールに滞在している間に、2回ほど夫と一緒にネパールを訪れました。

 

久しぶりの海外旅行となったので、それは、とても刺激的なこととなりました。また、一種のカルチャーショックも受けました。一番驚いたことは、どちらかといえば、日本よりも遅れている国だと思われるネパールで、誰もが英語を話すことです。ネパールの学校では、英語で授業がおこなわれることが多いそうです。そのため、お土産屋さんとかレストランの店員といった人たちが、当たり前のように英語で話しかけてきます。これは、日本ではあまり考えられないような光景です。この点では、日本は遅れているといえると思ってしまいました。

 

さて、ネパール滞在中は、娘とともに、観光を楽しんできました。1度目は首都であるカトマンズの近郊を中心に回っていました。そして、いわゆるパワースポットやショッピングを楽しんできました。日本人が経営しているお土産屋さんもあり、いろいろと世間話が弾んだりもしました。これもいい思い出となったのでした。そして、2回目の訪問では、カトマンズから少し足をのばし、ヒマラヤがよく見えることで有名なところを訪れました。ヒマラヤなどを見ることは初めてだったので、それは、とても感動してしまいました。その時の写真はパノラマサイズに引き伸ばして、今も家で大切に飾ってあります。

 

娘が滞在することにならなかったら、ネパールなどに訪れることもなかったと思います。そして、よい思い出のつまったネパールでの地震は、わたしにとっては、とてもショッキングな出来事となってしまいました。でも、少しづつ復興している様子をきくとほっとするのです。